中国改正独禁法における「セーフハーバー」制度
2022年6月24日、中国全人代常務委員会により「『中華人民共和国独占禁止法』の改正に関する決定」が公布された※1。同決定により独禁法は全57条から70条に増加した。主要な改正には、垂直型カルテルにおける「セーフハーバー」制度の新設、事業者結合における独禁法審査業務の細分化、行政権の濫用による競争制限の禁止、法違反の場合の罰則強化等が含まれる(改正独禁法の施行日は2022年8月1日)。
これを受けて、独占禁止法の執行機関である国家市場監督管理総局(SAMR)は、2022年6月27日に「独占合意の禁止に関する暫定規定」(2019年6月26日公布、SAMR令第10号)の改正案を公布し、同年7月27日までパプリックコメントを募集していた※2。
本稿では、改正独禁法および「独占合意の禁止に関する規定(意見募集稿)」におけるセーフハーバー制度と罰則強化のポイントを簡単に紹介する。
垂直型カルテルの違法性判断
事業者は、ディーラー等の取引相手と以下のような「独占合意」(垂直型カルテル)をすることが禁止されている(改正前独禁法第14条、改正独禁法第18条1項)。
1. 第三者に対する商品再販価格を固定すること
2. 第三者に対する商品の再販売最低価格を固定すること
3. 国務院独占禁止法執行機構が認定するその他の独占合意
改正前独禁法では、再販価格維持行為に対して、「当然違法の原則」に基づき厳格に規制するのか、「合理性の原則」に基づき一定の合理性があれば違法としないものとするのか、明確な規定はなかった※3。実務上は、独禁法執行機関が、垂直型カルテルについて競争を排除・制限する効果の有無を分析して行政処罰を下した事例はあるものの※4、一般的には、再販価格維持条項を契約に明記するだけで違法と判断されていた※5。
これに対し、改正独禁法では、垂直型カルテルは原則として禁止されるが、事業者が以下のいずれかを証明した場合にはこれを禁止するものではないとしており、いわゆるセーフハーバー制度が新たに導入されている(改正独禁法第18条2項、3項)。
① 価格制限条項が競争を排除又は制限する効果を有しないこと
② 関連市場における市場シェアがSAMRの定める基準を下回っており、かつSAMRの定めるその他の条件に合致すること
再販価格維持行為に対する「セーフハーバー」の適用
中国独禁法のセーフハーバー制度は、これまで知的財産権分野や自動車産業における独占協定※6への適用が例外的に認められていたものの、いずれも非価格制限行為(例えば、取引先事業者の取扱い商品、販売地域への制限)に限定されていた。独禁法におけるセーフハーバー制度は、EUの垂直型カルテルに関する一括適用免除規則(通称「VERB」)を参考に導入された制度であり、再販価格制限行為が適用対象外となっていた※7。
これに対し中国改正独禁法では、再販価格維持行為にもセーフハーバー制度の適用を受けることが可能になった。
そして、SAMRの「独占合意の禁止に関する規定(意見募集稿)」第14条では、再販価格維持に関し、①事業者とその取引相手の関連市場における市場シェアがそれぞれ15%以下であり、かつ、②合意により競争を排除・制限されることを示す証拠がない場合は、当該合意は競争を排除・制限するものではないと推定できるとしている。
行政処罰の強化
改正前独禁法第46条では、再販価格維持行為を含む独占合意に対する行政処分として、違法行為の停止命令のほか、①違法所得の没収及び前年度売上額の1%~10%の過料に処すること、②形成した独占合意を実行していない場合でも50万人民元以下の過料を処することを規定し、同条2項にリニエンシー制度を規定していた。
これに対し、改正独禁法第56条は、上記①について、前年度に売上がない場合でも500万人民元以下の過料を処することを追加したうえ、②を50万人民元から300万人民元まで引き上げた。また、新たな規定として、③の事業者法定代表者、主要な責任者と直接の責任者が独占合意の形成に個人責任を有すると認定された場合、かかる個人に対して100万人民元以下の過料を処するものとしている。
おわりに
改正独禁法にセーフハーバー制度が新設されたことにより、再販価格維持行為を含む垂直型カルテルが例外的に許容されるようになった。
もっとも、同制度の適用には、再販価格維持行為が競争を排除・制限する効果を有しないという要件が必要とされており、その立証責任が法執行機関または事業者のいずれにあるかなど、問題点も残されている。改正独禁法および独占合意の禁止に関する規定の施行後の運用が大きく注目される。
※1 http://www.npc.gov.cn/npc/c30834/202206/e42c256faf7049449cdfaabf374a3595.shtml
※2 https://www.samr.gov.cn/hd/zjdc/202206/t20220625_348148.html。なお、独占合意の禁止に関する暫定規定のほか、「市場支配的地位濫用行為の禁止に関する暫定規定」(SAMR令第11号)、「行政権限の濫用による競争の排除又は制限行為の制止に関する暫定規定」(SAMR令第12号)、「事業者結合審査暫定規定」(SAMR令第30号)、「知的財産権の濫用による競争の排除又は制限行為の禁止に関する規定」(SAMR令第31号)、「事業者結合の申告基準に関する規定」(国務院令第529号)の改正案についても、7月27日まで意見募集が行われていた。正式に公布・施行される法令の内容は、意見募集稿と大きな差異は生じないのではないかと考えられる。
※3 この点について、最高人民法院の「独占行為により生じた民事紛争事件を審理する際の法律適用の若干問題に関する規定」(法釈【2012】5号)では、契約書に再販価格制限条項が存在するほか、「競争を排除又は制限する効果がある」という点が、価格カルテルを構成するか否かの判断基準になっている。
※4 例えば、国家発展改革委員会行政処罰決定書[2016]8号。http://www.gov.cn/xinwen/2016-12/09/content_5145747.htm参照。
※5 例えば、上海市の価格カルテルの独禁法執行当局が、2016年にある家電事業者による取引相手への再販売価格維持行為について、「市場の価格競争を排除・制限し、市場競争の正常な秩序を乱し、他の事業者や消費者の正当な利益を害した」との判断をしたが、具体的な分析は行っていない。http://fgw.hunan.gov.cn/fgw/xxgk_70899/gzdtf/gjfgwxxzz/201608/t20160815_3162569.html参照。
※6 拙著「知的財産権の濫用に対する独占禁止法上の新規定」(国際商事法務43巻5号746頁、2015年)参照。なお、2019年1月4日付「知的財産権分野の独占禁止に関するガイドライン」第13条によれば、非価格制限の協定について、競争関係を有する事業者間(水平的協定)であれば市場シェアの合計が20%以下、垂直的協定であれば各事業者の市場シェアが30%以内の場合、セーフハーバーが適用される。また、同日付で国務院反独占委員会が公布した「自動車産業の独占禁止に関するガイドライン」第4条及び第6条によれば、市場占有率が30%以内の事業者が、垂直的合意のうち非価格制限行為を行なう場合にのみセーフハーバーが適用される。
※7 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32022R0720&from=EN参照。なお、同規則は2022年6月、主にオンライン取引への対応を念頭に置いて改正されたものである。日本でも、公正取引委員会が公表している「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」において、市場シェア20%以下の事業者が行う垂直的制限行為のうち非価格制限行為は、通常は公正な競争を阻害するおそれはなく、違法とはならないと説明されている。https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/ryutsutorihiki.html