中国会社法改正草案(二次審議稿)-債権者保護の視点から-
中国全人代常務委員会は2022年12月30日に『会社法改正草案(二次審議稿)』(以下「草案」という)を公表し、2023年1月28日までパブリックコメントを募集していた※1。草案は、一次審議稿(2021年12月24日公表、2022年1月22日までパブリックコメント募集)に対する立法機関の議論を経て、株主の出資責任の強化、董事等の第三者に対する損害賠償責任、会社登記の強制的な抹消等、複数の修正意見が反映されたものである※2。本稿では、①株主の出資責任の強化、②董事等の責任の強化について、一次審議稿からの変更点を踏まえ、草案の内容を紹介する。なお、特に表記しない場合、引用条文は草案の該当条文を指すものとする。
株主の出資責任の強化
現行会社法では、資本金の最低額や出資方法(現金、現物の別)等は、定款で任意に定めることができる(現行会社法第26条、27条参照)。資本金の払込期限についても、会社設立時に資本金を払い込むことは要求されておらず、株主は、定款で定める期日までに出資額を払い込めばよいと規定されている(現行会社法第28条)。
この点に関して、会社が期限の到来した債務を弁済しない場合に、債権者が払込未了の株主に対し、資本金の払込期限の繰り上げを求めることはできるのであろうか。これまでの関連法律規定※3では、会社の債権者は、次に掲げる事由がある場合に限り、株主の出資期限の繰り上げを求めることができるとされていた。
1. 会社が解散又は破産したとき
2. 執行手続が行われた結果、会社に執行可能な財産がなく、破産要件が具備しているにもかかわらず、破産の申立てをしていないとき
3. 会社の債務が発生してから、定款に定められた資本金の出資期限を、株主会決議などの方法で延長させたとき
改正草案の一次審議稿は、債権者保護の観点から、「会社が期限の到来した債務を弁済できず、かつ明らかに弁済能力が欠如している場合、会社又は債権者は株主に対し、出資期限の繰り上げを求めることができる」(一次審議稿第48条)とした。そして、株式引受人が期限通りに出資全額を払い込まず、会社が催告したにもかかわらずなお払い込まれない場合、会社は当該引受人に対し、出資を履行しない株式の株主となる権利を失う旨の通知をすることができ、権利が喪失した株式について、6ヵ月以内に譲渡又は減資を行わなければならないとしている(一次審議稿第46条、第109条)。
これに対し草案は、「会社が期限の到来した債務を弁済できない場合、会社又は債権者は、出資額の払込期日が到来していない株主に対して出資額の払込を求めることができる」(第53条)としており、一次審議稿の下線箇所を削除して、出資期限の繰り上げ請求の要件をさらに緩和している。また、株主となる権利を失った株式について、6ヵ月以内に譲渡又は減資が行われなかった場合、他の株主は、出資比率に応じて資本金を払い込むことが義務付けられ、期日までに払い込まれずに会社に損失を与えた場合、損害賠償責任を負うものとされている(第51条3項、4項)。
このように草案の内容は、一次審議稿が規定した株主の出資責任に関する債権者保護の制度を更に一歩進めたものとなっている。
なお、草案では、複数の債権者が存在し、払い込まれる出資額ですべての債権を弁済することができない場合の取り扱い(各債権者への支払いの優先順位や分配ルール)が明確になっておらず、この点の解決は今後の課題となっている。
董事等の責任強化
董事及び高級管理職※4(以下「董事等」という)は、会社と委任関係にあるものの、第三者との間で直接的な法律関係を有しないことから、これまで第三者責任に関する一般的規定は存在しなかった※5。しかし、小規模会社で十分な資力を有しないケースなど、第三者である債権者が不測の損害を被る可能性があることを考慮すると、一定の要件を満たせば、董事等に責任を負わせることも合理的であると考えられる。
そこで一次審議稿では、董事及び高級管理職が、職務執行の際に故意又は重大な過失により第三者に損害を与えた場合、会社と連帯して責任を負うものとした(一次審議稿第190条)。これに対し草案は、「董事及び高級管理職が、職務執行の際に第三者に損害を与えた場合、会社は損害賠償責任を負う。董事及び高級管理職に故意又は重大な過失がある場合、これらの者も損害賠償責任を負う。」(第190条)と整理している。
草案第190条により、董事等の責任が強化され、債権者保護が図られるところ、本条の適用にあたっては、以下のような問題が生じ得ると考えられる。
1. 董事等の「故意又は重大な過失」の判断基準
任務懈怠について故意又は重大な過失を要するのか。それとも、任務懈怠の有無に関わらず、董事等の職務執行が第三者に損害を与えるおそれがあれば、故意又は重大な過失があると判断されるのか、という問題が生じる。
2. 董事等が負う損害賠償責任の範囲
一次審議稿では、「会社と連帯責任を負う」とされていたのに対し、草案では、董事等が「賠償責任を負う」と規定されるのみであり、債権者に対して連帯責任を負うか否か、会社との責任分担など、責任の範囲が明確にされていない。
なお、草案が施行されれば、董事等に損害賠償責任のリスクが生じることになる。かかるリスクへの対処として、草案では、法律としては初めて、董事の賠償責任保険※6に関する規定が設けられている(第192条)。
おわりに
草案は、全人代常務委員会が2回の審議を行っていることから、会社法はおそらく改正の方向に進むものと考えられる。株主の出資義務の強化、董事や高級管理職の責任強化など、実務上大きな影響が生じる事項を含む大幅な法改正となることが予想されるため、今後の動向を注視しておくことを要するであろう。
※1 http://www.npc.gov.cn/flcaw/userIndex.html?lid=ff808181842c261c01856172441f020a
※2 http://www.npc.gov.cn/flcaw/details.html?lid=ff808181842c261c01856172441f020a
※3 『破産法』第35条、最高人民法院『会社法の適用における若干問題に関する規定(二)』(法釈 [2008]6号、2008年5月15日公布、同年同月19日実施、2014年3月1日、2021年1月1日改正実施)第22条、『全国法院民商事審判業務会議要綱』(法[2019]254号、「九民紀要」とも呼ばれる)第6条を参照されたい。なお、これまでの裁判例では、会社の弁済能力が著しく欠如していないと判断された場合、株主の出資期限の繰り上げ請求は認容されない事例が多数(例えば、上海市第二中級人民法院(2021)滬02民終9010号判決、四川省高級人民法院(2020)川民再148号判決)ではあるものの、一部では繰り上げ請求が認められた事例も存在する(例えば、陝西省西安市中級人民法院(2019) 陝01民終11666号判決、江蘇省南京市中級人民法院(2016) 蘇01民終7556号判決)。
※4 会社の総経理、副総経理、財務責任者、上場会社の董事会秘書および会社定款に定めるその他の責任者をいう(現行会社法第216条)。
※5 ただし、上場会社については、不実の情報開示により投資者に損害を与えた場合、董事等は自己に過失がないことを証明できる場合を除き、会社とともに連帯して賠償責任を負うものとされている(『証券法』第85条)。
※6 中国にはこれまでにも「董事、高級管理職責任保険」(D&O保険)を扱う保険会社が複数存在している。しかし、保険賠償の対象に「董事、高級管理職」の職務上の過失への行政罰(罰金)などは含まれておらず、行政再審や行政訴訟に係る弁護士などの代理人報酬(一部)のみ含まれるケースが多い。従って、現時点ではD&O保険を付保している企業はそれほど多くないようである。